2025年4月25日 №548

2025年4月25日 №548

〈2025年度革命英雄記念祭〉


革命英雄記念碑は日本革命運動の歴史の証言であり、革命的伝統のシンボルであり、生命を共にする革命集団の誓いの旗印である!

 

 

去る4月6日(日)、恒例の行事、日本共産党(行動派)中央委員会主催『2025年革命英雄記念祭』が、東京霊園(八王子)の記念碑前において、厳粛且つ盛大に開催された(司会進行は政治局員小林武治)。

革命英雄記念祭は、「315」「416」大弾圧を記念し、毎年桜咲くこの4月に開催される。今年は、「大武礼一郎生誕百周年(2024年)記念事業」としての企画『学習のすすめ』英語版出版完成という素晴らしい勝利の報告がなされ、参列者を大いに激励し、勇気づけた。

 「第一部・記念式典」では、開式の辞、「赤旗の歌」合唱、記念碑に眠る54名の入魂者名簿の奉読、黙とうが捧げられ、引き続き、平岡恵子書記長が記念の式辞を読み上げ、森久議長が力強い挨拶を行った。遺族を代表して故大武礼一郎夫人・恵藤明子さん(92歳)が挨拶され、和歌「春ここに生(あ)るる朝(あした)の日をうけて山河草木みな光あり」(佐佐木信綱作)と声高らかに吟じ、参列者に深い感銘を与えた。最後に北野勇政治局員の音頭で「誓いの言葉」(写真左横に全文紹介)を全員で唱和し、梅原秀臣政治局員が力強く閉会の辞を述べ、全員が献花を行い、第一部を終了した。

 

 「第二部・懇親交流会」は、場所を変え、食事を楽しみつつ、和気あいあいと交流を深め、森久議長を中心に一大家族の集団としての団結と統一をより一層打ち固め、本年度記念祭の幕を閉じた。

 

革命の英雄たちを祭るのは、革命的情熱の源泉であり、生きている者たちの義務と責任であり、人間としての生きざまである!

          

日本共産党(行動派)中央委員会

                書 記 長  平 岡 恵 子

 

党員の皆さん、ご遺族の皆さん、今年もこの英雄記念碑の前にお集まりくださり、ありがとうございます。

現在のウクライナ戦争も、中東ガザをめぐる戦争もまったくの混迷であり、悲惨な状況をさらしています。トランプ政権が大騒ぎして再登場し、戦争などはすぐに終わらせる、と豪語したもののうまくいかず行き詰まっています。

3月25日付朝日新聞は、ロシア・ウクライナ戦争の停戦交渉をめぐって、今後の世界秩序はどうなるのかと2人の識者に聞いています。国際政治学者の藤原喜一氏と軍事アナリストの小泉悠氏であります。共通して言っているのは、「世界秩序は、第2次世界大戦前に幕もどされ、米、ロ、中などの大国が全てを支配して決めていくだろう」ということです。歴史は科学であります。決して後戻りはしないのです。現に、世界の大国はみな危機にあり、力は衰えてしまっています。世界を支配する力はどこにもありません。そうなれば世界はジャングル化であります。

戦争は資本主義と階級支配が生み出す必然の産物であります。日本の自民党政権も政治とカネの問題がまたぞろ表面化しています。全ては資本主義の腐敗と堕落、その本質が生み出しているのであります。

歴史はコミュニティ社会を求めています。戦争や政治とカネの問題を含めて根本的転換が求められています。歴史上の諸問題は革命と変革抜きに何一つ解決できない時代に到達している証しであります。トランプ政権のファシズム化が話題になりましたが、アメリカはもはや、その力さえ、失っているのが現状であります。

こうした中でわれわれは大武礼一郎名誉議長著作、コミュニティと社会主義に関する『学習のすすめ』の英語版を完成させました。

これは人類の未来と展望の勝利であり、全党と人民戦線のエネルギーの賜物であります。こうした意味で今年の英雄記念祭は歴史的な祭典となったのであります。

 

 

「3・15」「4・16」を記念して、毎年一回革命英雄記念祭を挙行する意義について!

 

 

  さて皆さん、わが党は中央の決定として、毎年4月に革命英雄記念祭を挙行しています。それは一層団結して革命運動を推し進めるためであります。

「3・15」とは何か。1928年(昭和3年)3月15日、日本政府は全国の検事局を総動員して日本共産党に襲いかかったのであります。この日全国的に共産党員の家、共産党の事務所、また共産党の支持・協力者の家が急襲され、合計1600人余の人びとが逮捕・投獄されました。それは歴史上最大の弾圧であり、最大の逮捕者でした。

 

 

翌年の1929年(昭和4年)4月16日に、再び日本政府は検事局を動員、日本共産党に襲いかかり、825名の大量の共産党員を投獄・起訴したのであります。

この2つの大弾圧によって、日本共産党はその指導部を全部失ってしまい、指導部は獄中にあり、1945年に日本帝国主義が第二次世界大戦に敗れ、徳田球一が18年の獄中から出獄して党を再組織するまで、個々の党員は指導部なしにバラバラの闘争をしなければならなかったという、そのような大弾圧だったのであります。 

「3・15」「4・16」の本質と教訓の最大のものこそ、マルクス・レーニン主義は不滅であり、日本共産党は不滅であり、革命運動と階級闘争は不敗であり、民主主義と社会主義の勝利は歴史の必然である、いうことであります。

 日本共産党は徳田球一の死後、宮本修正主義によって党中央が毒されてしまいましたが、やがて党は行動派の党として1980年7月15日に再建されました。わが党は弾圧という外からの攻撃にも負けず、また修正主義の支配という中からの攻撃にも負けず、ここに立派に生き続けています。

 

マルクス主義の核心がまとめられた大武礼一郎名誉議長の著作・英語版『学習のすすめ』発刊!

 

日本共産党(行動派)中央委員会は、今年3月号の機関紙で次のような声明を発表しました。

(一)現代における正統マルクス主義は、極東の国・日本に生まれた大武思想である。ここに現代最高のマルクス主義・レーニン主義がある。

(二)その核心は、マルクス主義の原点たる哲学(唯物論・弁証法・史的唯物論)であり、経済学、社会主義学説であり、思想体系としての正統マルクス主義である。

(三)『学習のすすめ』は正統マルクス主義の〝宝庫〟であり、ここにマルクス主義哲学の原理・理念・原則のすべてがある。

現代の歴史時代は革命的前衛党の建設とインタナショナルの再建を強く求めている。それ抜きにプロレタリア革命と人民革命は絶対に成功しない。真のマルクス主義を守り抜こう。ここにすべての生命線がある。

 

 大武思想は「極東に誕生した正統マルクス主義の最高峰」である、と宣言しました。これはわれわれの党派性であり、決意であります。

 

インタナショナルの歴史とロシア革命勝利の教訓について!

 

▼一八七一年のパリ・コミューンの敗北は、第一インタナショナル内に敗北主義を生み、内部の対立と分裂により、一八七六年に解散された。

▼一八八九年七月十四日、国際労働運動の発展と高揚はマルクス主義の復興とインタナショナルの再建を求め、この日パリで第二インタナショナルが結成された。エンゲルスは最高顧問へ。

▼一九一二年一月十八日、プラハに十四人のロシア社会民主労働党の左派が集合、レーニンの主張のもと、メンシェビキと決別し、正統マルクス主義のもとに、独立した「ロシア社会民主労働党(ボリシェビキ)」を結成した。この党のもとでロシア革命の勝利と第三インタナショナルの創立へと前進するのである。

▼一九一四年八月、第一次世界大戦の開始と共に内部に発生した対立と分裂によって、第二インタナショナルは解散に追い込まれた。

▼一九一五年九月五日~八日、スイスの小さな町、チンメルワルドに第二インター内の左派は、マルクス主義の擁護とインターの再建をめざして集まった。その中でレーニンはこの帝国主義戦争を内乱に転化させ、革命をめざす、という正統マルクス主義を主張した。集まった四十人の中でレーニンのもとに結集したのは六人であった。この六人が核となり、ロシア革命の勝利と第三インタナショナルの結成へと前進するのである。

 

 結 語

 

一九四五年十月十日、獄中十八年・非転向を貫いた徳田球一と七人の戦士たちが出獄、この旗のもとに戦後日本共産党の再建と、怒涛のごとき戦後労働運動の高揚を闘い取ったのであります。

インタナショナルの歴史は、戦後日本の革命運動の象徴であります。われわれは今、レーニンの道を進んでいるのであります。