2024年2月25日 №534

2024年2月25日 №534

能登半島地震の教訓とは何か


 

この「天災」を「人災」に転じさせた元凶は、人間軽視、国民軽視、統治能力なき岸田政権(独占資本とブルジョア独裁政権)である。歴史は今やコミュニティ共同体国家への転換を切実に求めている!

 

予期せぬ非常事態を乗り切る原動力、それはコミュニティ精神であり、コミュニティ共同体であり、コミュニティ社会であり、コミュニティ権力(評議会)である!

 

202411日午後410分、最大震度7、マグニチュード7.3の大地震が能登半島一帯を襲い、新年の祝いの席を楽しむ多くの家族・住民を一瞬にして恐怖と混乱のどん底に突き落とした。125日現在、石川県内の死者は236人、安否不明者は19人、避難者14千人以上に達している。

専門家の報告によれば、今回の地震は半島直下の巨大な地殻変動によるもので、ずれた断層は150キロに及び、エネルギー規模は神戸地震よりも大きいという。輪島市では土地が南西方面に2メートル移動し、半島北部地域では4メートルもの海底隆起が起こり、沿岸部陸地は約4.4平方メートルも干上がった。震源付近の海辺では3~4メートルの津波が襲い、多くの家屋が流された。観光名所「輪島朝市」は崩壊と火災で跡形も無くなり、液状化と振動により多くの木造家屋が損壊、多数の圧死者が生まれ、能登の各市町村に壊滅的打撃をもたらした。

地震は、大自然・大宇宙のエネルギーの運動が引き起こす自然現象である。宇宙も太陽系も地球も運動しており、地球を取り巻く幾つかのプレート(地殻)もまた運動し、動き回っており、その過程で地震を引き起こす。その意味で地震は大自然が生み出す必然の産物である。また、その発生日時は偶然であり、多くの地震学者が全力を挙げて「地震発生予測」を求めて探究努力しているが、いまだ未解決である。

故に、地震災害そのものは「天災」であって、決してあれこれの政府・政権の責任ではない。だがしかし、時の政府・政権の対応の仕方によっては、この「天災」は「人災」に転化する。予期せぬ非常事態を通じて、政府・社会・国家のありかたが厳しく問われるのである。

では、今回の能登半島地震に対する岸田政権(独占資本とそのブルジョア独裁政権)の対応はどうであったのか。

岸田首相は「プッシュ型の支援も活用しつつ、先手先手の支援を進める」と記者会見で語ったが、実際は政府の初動対応は完全に遅れ、「国民の生命・生活の安心・安全を守る」という政治責任を果すことができなかった。また、地震学者は、地震前に、この地域における地震発生の可能性を指摘し、注意を喚起し、耐震化対策の重要性を訴えていたが、政府はこれにまったく耳を貸そうとせず、被害を深刻なものにさせた。

岸田政権の後手後手の対応が「天災」を「人災」に転化させてしまったのである。自然災害を本当に解決し、生き抜くことが出来るのはコミュニティーであり、その共同体社会である。

 

国防とは何か。人民の命と安全を守り、自然災害にも、科学的で、長期的展望から国家を運営し、発展させること。能登半島地震はどうだったのか。

 

いわれている通り、政府の初動対応は遅かった。その結果、現地はどうなったのか。

「電気、水、食料…地震から5日が過ぎても被災地では生活に不可欠な物資が十分に届いていない。寸断された道路の復旧が見通せない中、避難生活を強いられている人たちは不安を募らせる」「断水の影響でトイレの水が流れなくなった。災害用に設置したトイレは和式で高齢者には使えない。今はポリ袋に排泄してもらい、職員が処理をしているが、水で手を洗うこともできない」(17日付朝日新聞)。「3万人近くが避難所に身を寄せているが、環境の悪化が深刻で、石川県は被災地の外に2次避難の準備を進めている。高齢化が進む被災地では7日は雪が降り、厳しい寒さが続く。震災関連死のリスクが高く、一刻を争う事態となっている」「電気も水道も断たれ、過密で衛生状態が悪化する避難所では新型コロナウイルスなどに感染する人も出ており、長期間の生活は困難だ」(18日付読売新聞)。「9日に初めて災害関連死が確認された。過去の災害では直接死を上回るケースもあり、その多くを高齢者が占める。厳寒期の避難生活では低体温症や生活不活発病などによる体調の悪化が懸念され、避難所の衛生環境の改善などが急務となる」(110日付産経新聞)等々。

 秋田県知事は、19日、連合秋田の賀詞交歓会で、後手後手になっていると厳しく政府を批判した。朝日新聞「社説」もまた、『阪神大震災で被災した有名な作家小田実は、過酷な体験をもと 

 

に「これは人間の国か」と憤った。それから29年、は他国より劣る。…何も進歩はなく、結局は行き当たりばったりである』と。

 

 まったくその通りである。新聞報道からも明らかなように、初動対応の遅れ、支援の遅れによって被災地・避難所は何日も何日も悲惨な状態に置かれたのである。これは重大な〝人権蹂躙〟である。

 

歴代の自民党政権、最近では安倍政権や岸田政権の対応を見れば、日常の自然災害の対策は忘れられ、軍事的安全保障については熱心である。沖縄がよく教えている。新基地建設を巡ってあれほど沖縄現地は反対しているのに、国家は代執行を行使し、「独裁」によってアメリカのために基地を建設している。

 

それは、元々、独占資本の権力支配の目的が、国民の生命と安全、自由や人権を守ることにあるのではなく、独占資本自身の利潤・利益獲得にあるからである。

 

独占資本の権力支配の第一の目的は、そのつきることのない欲望たる最大限の利潤を追い求めることにある。第二の目的は、最大限の源泉を国内だけにかぎらず、国外にもそれを求めて経済的進出 (侵略)をはかることにある。第三は、最後の目標たる帝国主義的支配をめざすこと、である。

 

一体、真の国防とは何か。それは国民・人民の命と安全を守る(防衛する)ことである。自然災害であろうと、戦時であろうと、そこに国防の本義がある。国(政府)が国民(人民)を守るなら国民もまた国を守るであろう。そうでないなら、国民もまた国を守らない。そして、そういう国は滅びるしかないのである。幾ら軍事費・軍備を増やしても無駄である。これは歴史が繰り返し証明しているところである。しかも日本政府は米国の軍事戦略に従属し、自らの国は自らの責任において守るという国防に関する主権を完全に放棄している。

 

腐敗・堕落の一途をたどっている現代資本主義とその政権は統治能力を完全に失っている。歴史は資本主義制度そのものを否定しているのである。

 

志賀原発問題のトラブルも同じことである。新聞が報じているが、今回も重大なトラブルが起こったのである。東日本大震災の折に発生した福島原発事故から何を学んだのかと言いたい。現代資本主義は統治能力を失ってしまったのだ。

 

海外の地震対策はどうなっているのか。2024 113 日付日経新聞のコラム『春秋』に次のような注目すべき内容の記述がある。

 

『大災害が起きた時、海外ではどんな避難所を設けるのか。…目につくのはイタリアの例だ。海に面し、国土に高山を抱え、地震、山、雪崩、洪水と、日本に似て自然災害が多い。避難所のカギはTKBだという。清潔なトイレ、温かい食事を作るキッチン、 寝起きしやすいベッド。避難所の国際基準だそうだ。家族で過ごせるテントも備え心身の健康を保ち、健康被害や死亡者を減らす。調理するのはプロ料理人のボランティア集団だ。政府に対策の司令塔となる常設組織があり、軍や警察からボランティアまで連携して動く。

 

地震による圧死や焼死は免れた人が、避難生活での傷や病の悪化といった理由から命を失うのが「災害関連死」だ。2016年の熊本地震では犠牲者の約8割が、この関連死だった。避難体制などを工夫すれば救えたはずの命だった可能性がある。能登の地震から12日たち、関連死とみられる死亡者がじりじり増えている』と。

 

日本の自然災害についての対応や水準は国際基準からみて大きく立ち遅れている。国家と権力、執行者の責任である。歴史が彼らを退場させるであろう。

 

 

 

専門家は能登の地震発生の可能性を指摘し、警告していたが、政府は耳を貸そうとしなかった。政府の非科学的・経済至上主義的姿勢こそが、地方の耐震化を遅らせ、多数の家屋損壊・圧死者を生み出したのである。

 

 

 

 能登半島では、かねてより群発地震が続いており、専門家は大きな地震発生の可能性を指摘し、警鐘を鳴らしていた。『能登半島では地震が相次いでいた。202012月から地震活動が活発になった。23年12月末までの震度1以上の地震は506回に達する。このように、同じ地域で同規模の地震が集中して起こることを「群発地震」という。2355日にマグニチュード(M)65、最大震度6強の地震が発生。しばらくは地震が増えたものの、最近では減少傾向にあった。とはいえ、先月だけで震度1以上の地震が8回起きていて、ほかの地域と比べると活発な状態は続いていた』(13日付朝日新聞)と。

 

政府はこうした専門家の警告をまったく無視したのである。 

 

 更に、110日付東京新聞は、政府と地震調査委員会の許しがたいペテンを暴露し、能登半島地震の被害は「人災」であると、厳しく批判している。

『国の地震調査委員会の「全国地震動予測地図」では、2020年から30年間に震度6以上の揺れがおきる確率は県(石川県)の大部分で「0.1%~3%未満」とされていた。…専門家は「低確率地域では逆に安全との誤解が生まれて油断を生じさせている」と指摘する。…「30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布から、石川県の地震リスクは小さいと言えます」―県が企業誘致をPRするホームページ(HP)では、予測地図の石川県部分を示し、安全性を強調する文言が並ぶ。県によると、10年間で25社を誘致。…16年に熊本地震が起きた熊本県、18年に北海道地 

 

 



 震があった北海道等も同様に予測地図を企業PRに使い、地震後にHPから削除した。石川県の担当者は取材に「太平洋側に比べると確率は低く、リスクは低いと思って示していた」と話す。…

 

南海トラフ地震の発生確率(80%)が「えこひいき」されるあまり、他地域に油断が生じている。本紙が繰り返し指摘してきた問題が、能登半島地震でも浮かんだ。…現在の地震学では正確な予測は不可能で、確率には政治的な要因も絡む。その実情が隠されたまま、南海トラフ沿いや首都圏の高い確率ばかりが注目され、低確率の地域に油断が生じ被害拡大につながったならば、それは「人災」である』と。

 

 科学ジャーナリスト賞を受賞した東京新聞記者・小沢慧一氏は著書『南海トラフ地震の真実』で、「南海トラフ地震が発生する確率80%」は予算獲得のために政府がひねり出した「根拠なき数字」であることを暴露し、国家は都市部の地震対策には金を出すが、地方の対策はまったく軽視し、危険を放置したままである、と指摘している。

 

その結果、多数の木造住宅が全壊・半壊し、被害は甚大となり、「耐震遅れ 圧死拡大」となり、「住み慣れた我が家が命を奪う」という悲劇が生まれたのである。

 

 

 

歴史の到達点はコミュニティーである。この間、 地震をはじめ必然と偶然が織りなす悲喜劇が発生する。それと戦い、乗り越える力はコミュニティーである。

 

 

 

123日付東京新聞は、「住民の力で道路復旧(農道整備の重機使い、3日かけ孤立解消)」との大見出しで、コミュニティーについて次のように伝えている。

 

『能登半島地震で、土砂崩れや亀裂で道路が寸断され多くの集落が孤立した中、住民自ら道路を応急復旧し、孤立状態を解消させた地域がある。石川県穴水町の山間地にある下唐川地区。地区内に重機があり、扱える人もいたことから、砂利や土で道路の亀裂や段差を埋め、通行可能な状態に戻した。「今回はたまたま、 重機と運転できる人が揃っていたからできた」。 作業をした住民の一人、農業田畑克彦さん(65)は、住民だけでやり遂げた応急復旧を振り返った。

 

地震発生の1日、地元住民以外に多くの帰省者がいた。避難所の下唐川集会所には収容人数を上回る約60人の避難者が押し寄せた。だが地区から外部へ出入りする最短ルートの県道263号は亀裂や段差で寸断。他の道路も冬季の通行止めに加え、倒木や土砂流入で使用できず、集落は孤立状態に陥った。

 

田畑さんは道路を見て「こりゃだめだ」とうなだれた。しかし付近の田にショベルカーが2台置いてあったことに気付いた。農道整備で使われていたもので、田畑さんは所有者と知り合いだった。すぐに連絡し、「こんな状況だから好きに使って」と許可を得た。

 

避難者には、重機の運転免許を持っている人が田畑さんを含め数人いた。田畑さんら5060代の住民10人ほどが集まり、2日から道路復旧に取りかかった。

 

ショベルカーで砂利や土を掘り、アスファルトの亀裂や段差のある場所まで運び、固める作業を続けた。 細かいひび割れは人力で隙間を埋め、3日かけて普通車が片側通行できるようにし、孤立状態が解消した。

 

田畑さんは道路復旧後、通信状況が改善したこともあり、町に作業を報告。町 側も緊急避難的な措置として、問題視していない。

 

道路復旧で地区外への避難が進み、下唐川集会所に身を寄せる避難者も20数人まで減った。田畑さんらは道路以外にも、井戸水をくみ上げ、生活用水を確保したり、BSアンテナを集会所に取り付け、テレビが映るようにしたりと、自力で生活環境を整えている。』

 

住民の協力と共同、連帯の力はあっぱれ、であった。

 

偉大なる創意として、嵐の中から自然発生的であってもこのようなコミュニティーの芽が生まれている。結局、人間は生きるためにはこれしかないのである。

 

これは誠にすばらしいことである。

 

だが、われわれがこれに付け加えたいのは、この限りでは自然発生的なものであり、地震の嵐が去れば、今回限りで終わってしまう。

決定的なことは、次に備えて、国家と政府・行政はこの運動に目的意識性を与えることである。つまりは、コミュニティーとは何

 

住民の協力と共同、連帯の力はあっぱれ、であった。

 

偉大なる創意として、嵐の中から自然発生的であってもこのようなコミュニティーの芽が生まれている。結局、人間は生きるためにはこれしかないのである。

 

これは誠にすばらしいことである。

 

だが、われわれがこれに付け加えたいのは、この限りでは自然発生的なものであり、地震の嵐が去れば、今回限りで終わってしまう。

決定的なことは、次に備えて、国家と政府・行政はこの運動に目的意識性を与えることである。つまりは、コミュニティーとは何か、というこ の思想と政治を高く掲げて意識性を与え、全国的な規模へと拡大発展させることである。つまり、運動の発展法則としてのボトムアップとトップダウンを結びつけることなのだ。したがって、国家と政治と行政の指導部は自らの指導体制を確固としたものにしなければならない。

つまりは、「災害対策全国評議会」を結成して、あらゆる団体を結集させる。そして強固な対策委員会を確立して、実務担当部門として各種の専門委員会を確立する。この委員会のもとに各部門毎の行動委員会を作る。 建設業界は災害の復旧へ。建築業界は家屋の復興や建築へ。電気・ガス・水道業界はインフラ整備へ。医師や医療関係業界は保健衛生へ。婦人団体は老人や子供の保護育成へ。青年・学生はいたるところに対するボランティアへ。評議会はこういう運動を全国的規模で展開することである。

ここでコミュニティ活動について指摘しておきたいことは、こういう運動が持っている精神的意義についてである。

つまり、コミュニティーとは、 連帯と協力とふれあいと人間性を高めるための闘いだ、ということである。ここに災害に苦しむ人々の生きる希望がある、ということである。

よく「心のケア」 という言葉が使われているが、 単なる精神医療ではいけないのであって、いたるところにコミュニティーが実現されてこそ、本当の「心のケア」は実現されることを知らねばならない。

 

結 び

 

人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。

 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。

 コミュニティ社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、そのような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。   (以上)

 



ム〟をくりかえしている、というのが実際である。

ところがこうした国際政治の実態のなかで、イスラエル民族主義とアラブ民族主義は、それぞれブルジョアジーによって指導されているため、彼らは共に、相手を抹殺しようと計画しているがそれがブルジョア的であるが故に、とうてい実現することはない。現に、もしもアラブ民族主義者たちが、『シオニズムとイスラエルを地中海につきおとして抹殺する』ことを本当にやりぬこうと思うなら、まずイスラエルを強力に支持しているその保安官たるアメリカ帝国主義と徹底的に闘争しなければならないはずではないか。ところがアラブ民族主義者はそれをやる勇気も、準備も、覚悟もなく、反対にアメリカ帝国主義とは盟友の関係にあるソ連社会帝国主義にすべてよりかかっているというのであるから、まさにこれはマンガである。ここにブルジョア民族主義の町人根性、汚い手口、ごまかし、そして敗北の哲学が存在している。

 これは逆の立場から、イスラエルのブルジョア民族主義者にもあてはまる。

 かくして中東の行方はどうなるのか。今日までの歴史と、四回にわたる中東戦争の結末がその未来をはっきりと予測している。それはすなわち現代世界の二つの超大国、米ソ両帝国主義の世界政策、この二つの帝国主義の同盟のワク内で、この二大国が互いにイスラエルとアラブの側につきつつ、その局地戦を利用して世界を二分割しようとする帝国主義政策に、中東は最後まで利用されるであろう。

 そしてイスラエルとアラブ民族主義は、ブジョアジーに指導されているかぎり、結局は最後まで米 ソ帝国主義に翻弄され、彼らにあやつられながら、自国の運命を帝国主義によってにぎられてしまうのである。

 その結果、はてしない〝局地戦争〟に人民の血は流され、人民の苦しみは自国のブルジョア民族主義と外国帝国主義の手によっていっそう深まって行く。

 だが、階級闘争の歴史はいつまでもそういうことを許しはしない。自覚し、めざめた人民は、労働者階級の指導のもとに、はっきりとブルジョア民族主義と現代帝国主義のいつわりの政策を見破り、彼らの旗じるしに、はっきりとプロレタリア的民族解放のスローガンをかかげるであろう。

 それは第一に、アラブ人民とイスラエル人民は団結して、はてしない殺りくをつづけるブルジョア民族主義と現代帝国主義に対して反対せよ!

 第二に、アラブ人民とイスラエル人民の重要な敵は、アラブとイスラエルのブルジョア民族主義者であり、米ソ両帝国主義である。この二つの敵に断固反対して闘争せよ!

 第三に、アラブ人民とイスラエル人民の友は、国際労働者階級と真の社会主義と人民である。これらと団結し、現代帝国主義とブルジョア民族主義に反対してねばりづよく闘いぬくなら、最後の勝利はわれわれのものである!

 アラブとイスラエル人民の団結万歳!

 アラブとイスラエル人民は最後には勝利する!

 これがマルクス主義者、革命的共産主義者、労働者階級の唯一で、絶対に正しい民族政策であり、民族解放闘争のスローガンである。

                                   

結 語

 

世界のすべての諸問題は社会主義的共同体思想へ。ここに集約され、ここに人類の未来展望がある。

 

①人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。

②生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。

③物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。

④人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。

⑤コミュニティーとは何か。人民の人民による人民のための世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。

⑥生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。

⑦金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。

⑧人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。

⑨そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中でいたるところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。

⑩人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。

 以上である。