2022年10月25日 №518


2022年10月25日 №518

〈国葬問題と今後の展望について〉

国民と民衆の意志、歴史の流れに抗う政権は、やがて厳しい審判を受けざるを得ない。国葬を強行した岸田内閣と民族主義に未来はない!

 

 

すべての根本問題は国家と権力にある。権力を目指さない運動は無力である。いたるところに人民の意志決定機関・人民評議会を組織せよ!

 

安倍晋三元首相の銃撃死にせよ、国葬問題にせよ、旧統一教会と自民党との癒着にせよ、すべては現代資本主義の危機が生み出す必然的事件であった。今や自民党を始めとする保守支配は敗北し、統率できなくなった現われである。日本(と世界)はどこに行くのか。この転換を求めて爆発が起こっているのである。安倍元首相への銃弾、国葬をめぐる問題は歴史の警鐘であった。

 ウクライナでは戦争が勃発し、いまだに出口さえ見えない。米国では分断が進み、手に負えなくなった。イギリスではジョンソン政権が敗北したが、再びトラス民族主義政権が生まれた。イタリアではムッソリーニに連なる民族主義的右翼連合政権が誕生した。スウェーデンも同じである。欧州は解決なき民族主義の嵐にさらされている。

 日本でもこうした情勢の中で、右翼民族主義の頭目、安倍元首相が銃弾に倒れ、政権の屋台骨であった「安倍派」は大混乱し、国葬を強行した岸田政権は大混迷におち入り、危機に直面している。それは各社の世論調査を見れば明らかである。9月17,18日両日の共同通信の調査によく表れている(国葬前の調査)。安倍元首相の国葬反対は「60.8%」。自民党の旧統一教会対応不十分は「80.1%」。岸田内閣の支持率は「40.2%」で、岸田内閣発足以来最低であった。日本も、米国同様の分断国家であることを晒した。

 岸田首相は保守派に妥協し、安倍元首相を国葬で送った限り、欧州諸国同様、政治は更に右傾化し、混迷は避けがたい。その象徴は防衛費の増大である。日本はGDP比1%を守って来た。政府は2%に増やすと言っているが、アメリカは3%を求めている。ロシア、中国、北朝鮮の軍事力増強(外因論)を口実とした、日本の軍事国家化、右翼化は避けられない。これはいつか来た道であり、岸田政権の敗北は必然である。

岸田政権が安倍元首相の政治理念(右翼民族主義)を引き継ぐ限り、それは日本軍国主義であり、戦前への回帰である。戦争を求める民族主義に未来はない。日本は再び戦争とファシズムの道か、それとも真の民主主義(コミュニティ社会)を求めるのか、歴史の転換期にある。 

この道は破滅である。9月20日付「朝日新聞」で、作家の赤坂真理子氏は『安倍国葬が「自民を弔う葬儀」に見えて来た』と言っているが、まったくその通りである。日本軍国主義の敗北、ナチスの運命、安倍元首相の運命(銃撃死)を見れば明らかである。軍国主義的民族主義に未来はない。

 

自民党と旧統一教会との癒着が大騒ぎになっている中、岸田内閣は6割以上の国民の反対を押し切って、国葬を強行した。目前の課題から権力の変革へ。革命的転換の運動へ。最後は権力が決定する。

 

 自民党と旧統一教会の癒着ぶりが露わになっている。全国霊感商法対策弁護士連絡会の山口広弁護士は「教団は資金集め活動が中心で、宗教団体というより営利事業体と考えた方が実態に近い」と指摘している(日本経済新聞8月31日付)。また『文芸春秋』は10月号で「権力と宗教―統一教会と創価学会」を特集しているが、その中でも、同じような結論に達している。

 実際、自民党と旧統一教会は実利面でつながっていた。自民党は選挙の応援と票を得、旧統一教会は「教義」に箔をつけ、議員は広告塔になったのである。それを明らかにしたのが、安倍元首相の銃撃事件であった。銃撃という偶然性が癒着という必然性を照らし出したのである。ここに偶然と必然に関する哲学原理がある。

自民党は無関心を装っていたが、公表に追い込まれた。茂木幹事長は9月8日、調査結果を公表、今後関係を断つことを宣言した。しかしそれは不可能である。そもそも保守政党は癒着の歴史である。

  そして国葬である。その決定と実行もまた「政・官・財」の癒着構造の中でなされたものであった。ご存じの通り銃撃事件から六日後の㋆14日、岸田首相は議会や野党などとの相談も何の根回しもないまま、勝手に国葬の日程まで早々と公表した。しかも法律や手続きを無視して。安倍元首相がよくやった手法をまね、あとで理屈をつけるあの独裁的やり方である。

 かてて加えて、国民の批判は日ごとに強まり、世論調査では六割を超える国民が反対を表明。㋈27日、国葬当日、ついに「国葬反対」「国葬を中止せよ」のデモが東京をはじめあちこちで起こった。国会前や日比谷公園には合わせて2万5千人が集合し、「国葬反対」を叫び、日本武道館近くにデモをかけたのである。

しかし、岸田政権、つまり「政官財」の国家権力は素知らぬ顔で、厳戒体制下で、何事もなかったかのように国葬を式次第に従い、実行した。これはいったいどういう事か。

 思い出すのは六〇年安保闘争で国会がデモに包囲された時、安倍元首相の祖父、当時の首相岸信介が、国会で「日本は平和だ。後楽園球場は満員で、野球を楽しんでいる」とうそぶいたことは誠に有名な話である。ここに国家権力の本質がある。権力に打撃を与えない運動は無力である。歴史が権力を目指す運動へ転換せよ、と迫っているのである。

 あらゆる問題の根本は国家と権力の問題であり、すべては権力闘争である。政治運動と政治問題、あらゆる社会問題と諸現象の根本は、結局は国家と権力の問題に行き当たる。つまり、国家と権力を誰が支配し、何のために行使しているのか。この本質が一切を決定する。すべての運動と闘いは、結局は権力をめぐる争奪戦なのである。

 資本主義の最高の段階、独占資本主義国家の政治上の権力は独占資本(財界)とその政党(保守政党)と官僚組織(官僚支配)の三結合、つまり政・官・財の癒着した支配体制である。彼らの権力支配の目的は一貫して、尽きることなきその本能的欲望たる最大限の利潤(最高の利益)追求が第一であり、生産至上主義、物質万能主義、拝金主義である。そのための手段が、人間欲望の自由放任であり、自由競争という名の市場原理主義であり、それはまさに弱肉強食の世界であり、生殺与奪の世界であり、貧富の格差拡大の世界である。そこから人間性そう失、人格否定、あらゆる種類の犯罪社会の出現である。戦争と内乱、暴力とテロ、汚職と買収、腐敗と堕落もすべてはこのような国家と社会と権力が生み出す必然の産物である。すべての根源は実に国家と権力の問題なのである。

 

 すべての方向を国家と権力の変革へ。革命的転換の根本的問題に向けねばならない。

 

 安倍元首相は右翼民族主義者である。それは日本軍国主義の祖父岸信介のものであり、岸田首相はその元首相を国葬によって葬送したのである。それはいったいどういうことか。

 

 安倍元首相の右翼民族主義は、2015年4月29日、アメリカ議会演説で何度もたたえた六○年安保闘争時代の日本の総理大臣であった祖父岸信介の民族主義である。その証拠に孫の安倍元首相は岸と同じことを言っている。曰く「満州事変は侵略ではない。戦勝国の一方的な偏見だ」。曰く「大東亜戦争はアメリカの経済封鎖で資源不足になり、追い詰められた日本の自衛戦争であった」。曰く「大東亜戦争をもって日本の侵略戦争と言うは許すべからざることである」と。 

 ここに安倍元首相の唱える右翼民族主義の本質がある。つまり民族主義の本性は戦争であり、帝国主義は戦争を通じて敗北するのである。専守防衛を放棄し、集団的自衛権に転じた「安保法制」や、憲法改正論などは岸信介から一貫して流れる右翼民族主義の思想である。故に右翼民族主義の運命は、祖父岸信介が敗北した日本軍国主義の運命であり、日本右翼民族主義の敗北は必然である。 

 その核心は何か。

 第一に、歴代政権の憲法解釈を変える。憲法九条を破棄して、安倍政権が戦後初めて、自衛隊の海外での武力行使をやる、ということに踏み切った。戦争をやる。戦争に踏み切った、ということ。その為の防衛費増額の手はずを整えたのである。

 第二に、憲法第九条の武力をつかわない、ということを破棄して、戦争に参加する。これを憲法解釈を変えて、内閣の手でいとも簡単にやる、ということ。歴代内閣がやりたくてもこれだけは手が付けられなかったことをやる。岸田政権も同じ手で国葬を強行した。憲法とは一体なんぞや。これは一種のファシズムである。ここに右翼民族主義の姿勢がある。 

 第三に、新聞各紙の社説から見て、集団的自衛権の行使を容認しているのは、産経、読売、日経の各紙で、反対しているのは、朝日、毎日、東京の各紙で、右派は朝日新聞に批判の目を向けているが、実は三対三でちょうど半々である。他の新聞や雑誌も大体同じようなもので、そこから見れば、日本の世論は半々に割れているということである。同じように国葬も6割以上が反対であった。 

 その政権が右翼民族主義の立場を鮮明にすればするほど、世論も、政界も、右翼もみな分裂していった。これは日本だけでなく、世界共通である。歴史科学に反すれば、歴史の反映が、世論の形であらわれてくるのだ。これを見ても、歴史がこのやり方を認めてはいない、ということである。歴史は前へ、前へと進むのに、それを逆戻りさせようとするから、歴史は怒るのである。だから世論が分かれる。右翼的政権のこのようなやり方は絶対に成功しない。このことを歴史科学の法則として断定する。

 

マルクス主義は正しい。ロシア革命の勝利と歴史上の事実が証明している。革命的前衛党も、人民戦線運動も必然的に再編成されていく。行動派党はその旗手であり、中核である。

 

 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。老いてしまったのである。

安倍元首相の銃撃死、そして岸田政権の国葬をめぐる問題、自民党の旧統一教会との癒着、腐敗・堕落問題もこの表われである。

 歴史の到達点はコミュニティーである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義・評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これがマルクス主義の科学的歴史観であり、歴史の到達点である。

 ところが最近、マルクス主義復権の必然性を認めつつも、その内容に異議を唱える風潮が生まれている。『中央公論』10月号の特集で、東京大学教授宇野重規氏と一橋大学教授中北浩爾氏が、「野党再編に足りないイズムと強さ」とのテーマで対談している。その重点を紹介すると次の点である。

なぜ今「マルクス」なのか 

宇野  現実的な政治や選挙における左派の壊滅的な状況に対して、論壇においては、斎藤幸平さんの『人新世の「資本論」』のように、マルクス復権の動きが見られます。私は、このマルクスの復権には歴史的な必然性があると思います。…マルクスへの注目が復活するのは自然です。… 

中北  「資本主義に対抗するコモン型社会」が世界を救うという斎藤さんの主張が日本で政治勢力的な力になるとしたら、それを実現しようという欧米の先進国が登場し、モデルとみなされるときだと思います。…とはいえ、斎藤さんの問題提起は、非常に重要だと考えています。』

 宇野氏と中北氏が紹介しているその斎藤幸平氏(東京大学大学院准教授)は、同じ『中央公論』10月号の特集の中で、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏と対談し、次のように語っている。

『佐藤  文字通りの新発見だった。ただ、それは、マルクス主義者の一般的な理解とは相容れないものです。 

斎藤  そうです。繰り返しになりますが、晩年のマルクスは、資本主義体制下の生産力の向上は「是」であり、最終的にはそれにより労働者の解放が実現する、という「生産力至上主義」から決別していたのです。過度の経済成長がもたらすものは、 コミュニズムに向けた進歩ではなく、社会の繁栄に不可欠な「自然の生命力」の破壊である、と。 

代わってマルクスは、現代風にいえば「持続可能な社会」を着想します。ここでは詳述は避けますが、それと密接に関係する「社会的平等」を兼ね備えた共同体、「脱成長コミュニズム」こそが、ポスト資本主義のあるべき姿なのだ、と考えるに至ったわけです。埋もれていた資料が明らかにしたのは、そんなマルクス の思想の変遷でした。』 

 これら一連の解釈はマルクスのものではない。斎藤幸平氏の解釈であって、こういう事実はどこにもない。マルクス主義の修正である。その証拠に、マルクスは『資本論』を執筆する前に、準備として、1859年に『経済学批判』を書いたが、その『序文』で、人類の未来についてはっきりと次のように書いたのである。これは史的唯物論の定式化であり、マルクスの意思がはっきりと示されている。

『人間は、彼らの生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した諸関係に、すなわち、彼らの物質的生産諸力の一定の発展段階に対応する生産諸関係にはいる。

これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。これが実在的土台であり、その上に一つの法律的および政治的上部構造がそびえ立ち、そしてそれに一定の社会的諸意識形態が対応する。

物質的生産の生産様式が、社会的、政治的および精神的

 

 



生活過程一般を制約する。人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、彼らの社会的存在が彼らの意識を規定するのである。

社会の物質的生産諸力は、その発展のある段階で、それらがそれまでその内部で運動してきた既存の生産諸関係と、あるいはそれの法律的表現にすぎないものである所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏に一変する。そのときに社会革命の時期が始まる。経済的基礎の変化とともに、巨大な上部構造全体が、あるいは徐々に、あるいは急激にくつがえる。

このような諸変革の考察にあたっては、経済的生産諸条件における物質的な、自然科学的に正確に確認できる変革と、それで人間がこの衝突を意識するようになり、これとたたかって決着をつけるところの法律的な、政治的な、宗教的な、芸術的または哲学的な諸形態、簡単にいえばイデオロギー諸形態とをつねに区別しなければならない。ある個人がなんであるかをその個人が自分自身をなんと考えているかによって判断しないのと同様に、このような変革の時期の意識から判断することはできないのであって、むしろこの意識を物質的生活の諸矛盾から、社会的生産諸力と生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説明しなければならない。 

一つの社会構成は、それが生産諸力にとって十分の余地をもち、この生産諸力がすべて発展しきるまでは、けっして没落するものではなく、新しい、さらに高度の生産諸関係は、その物質的存在条件が古い社会自体の胎内で孵化されてしまうまでは、けっして古いものにとって代わることはない。それだから、人間はつねに、自分が解決しうる課題だけを自分に提起する。なぜならば、もっと詳しく考察してみると、課題そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに存在しているか、またはすくなくとも生まれつつある場合にだけ発生することが、つねに見られるであろうからだ。

大づかみにいって、アジア的、古代的、封建的および近代ブルジョア的生産様式が経済的社会構成のあいつぐ諸時期として表示されうる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の最後の敵対的形態である。敵対的というのは、個人的敵対という意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味である。しかしブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。したがってこの社会構成でもって人間社会の前史は終わる。』

ここにマルクスの生涯の意思がある。

 

 

 

 

 

 結語

 

 マルクスの哲学世界観とは何か。それは次の通りであ る。 

(一) 人類の世界は一貫して、生産力の発展が生産関係を規定していく。これは哲学歴史科学の必然的法則である。このような生産関係(国家と社会、政治対立と政治闘争)が思想・政治・イデオロギーを生み出していく。存在が意識を生み出す。 

(二) 生産力の発展は必然であり、無限である。 そして生産関係の発展と変革も必然であり、無限である。人類の歴史は(原始時代を除けば)古代―中世―近世―現代を通じて、政治対立と政治闘争の歴史であった。この政治対立と政治闘争が歴 史転換の原動力となり、戦争を通じて歴史は転換した。 

(三)生産力の発展にもとづく生産関係の変革の到達点はコミュニティー共同体から社会主義への道である。この時点をもって人類の前史は終わり、以後人類は総力をあげて大宇宙の開発と開拓に取り組む。 

以上のマルクスの哲学世界観の正しさは、すでに明らかにした通り、古代ギリシャ文明と、国家の成立はすべて生産力の発展にもとづく、商品経済の成長と、財産の蓄積が土台になっており、この法則は人類の歴史を貫いているという事実によって証明されているとおりである。

 

                                       

        (以上)