2021年11月25日 №507

2021年11月25日 №507

《2021年10月総選挙の結果は何を提起したか》

 現代は資本主義の時代からコミュニティ社会への転換期にある。その実現は、選挙や議会主義や「野党共闘」などでなく、それは直接民主主義としての評議会(ソビエト)であることを知らねばならない!

 

 

 理論は科学であり、歴史が検証した経験に基づく以外にない。それは評議会、つまりソビエトである。「1917年ロシア革命の勝利は1905年に出現したソビエトの成長転化であった」(レーニン)

 

 

 

49回衆院選は1031日、投開票された。111日付、日本の新聞各紙が共通して書いた通り、「自民 単独過半数」「立民惨敗」「野党共闘不発」「維新躍進第3党」という大きな見出しが躍った。

毎日新聞の政治部長・中田卓二氏はその一面で「勝者なしという民意」と表現したが、全くその通りである。自民党は追加公認を含め単独で「絶対安定多数(261議席)」を得、公明の32議席と合わせ、与党で293議席を獲得、信任を得たとして、第二次岸田内閣を発足させる。

しかし自民党は、本当に勝利したのか、否である。選挙を取り仕切った甘利明幹事長は選挙区で敗れ、辞任した。現職閣僚も相次いで敗北。石原伸晃元幹事長(石原派会長)、野田毅元自治相ら大物候補の落選、新型コロナ対策の緊急事態宣言中に東京・銀座のクラブを訪問し、自民党を離党、復活をめざした麻生副総裁の側近、松本元国家公安委員長も落選。すべての7派閥が数を減らした。自民党も岸田内閣も飄々(ひょうひょう)である。数字や形の上で勝ったように見えるのは自民党の力でなく、野党の敗北という外因が作用した結果である。

野党・立憲民主党(14議席減の96議席)は惨敗であった。統一候補の一本化と「野党共闘」を推し進めた当事者にとっては思わぬ敗北であった。「政権交代」か、悪くても次への「ステップ」は確信していた。それが100議席にも届かなかったのである。立憲の福山幹事長が「想定外のこと」と嘆いた通り、野党は動揺に襲われ、ついに枝野代表は辞任し、年内の代表選が余儀なくされたのである。

維新の会や、国民民主は勝った勝ったと大騒ぎしているが、保守勢力は資本主義の崩壊つまり、自民党の衰退とともに敗北する運命にある。

野党が敗北した最大の責任者は何と言っても日本共産党(宮本修正主義)である。現在の志位委員長らは立憲との間で「限定的閣外協力」の政権合意に基づき「野党共闘」を持ち込んだ。彼らの一貫した革命論は議会を通じた民主連合政府論である。その具体化が「野党共闘」であり、その実験場が10月総選挙であった。それが失敗したのである。われわれは昔から、投票や選挙を通じた「野党連合政権論」は必ず敗北すると科学的見地から主張してきたが、それが今回、現実となったのである。まさに10月総選挙や「野党共闘」の敗北は、偶然の出来事ではなく、科学的必然性が生んだ産物であった。

自民党も選挙には勝ったが、混迷を深めている。そして立憲も野党もあらたな混迷の時代に入った。政治も、経済も、社会も、すべてにおいて混乱と混迷の時代である。奇しくも投開票のあった31日の夜、東京・京王線の車内で、バットマン(悪役)の服装で「ハロウィーンを狙った」刺傷、放火事件があったが、社会も治安も全く不安定である。ある保守的な論客が、日本もいよいよアメリカに追いつきつつある、と語ったが、的を得た発言であった。新しい時代は、混迷と停滞を通じ、爆発の中から実現していく。まさに歴史は破壊の中から建設されん、である。

 

現代の歴史時代とは何か。それは、最後の帝国アメリカの一極支配が終わり、新しい時代への転換と爆発の時代を迎えたのである。その背景には人民の怒り、権力への大衆の怒りが渦巻いている。世界は、無重力の時代になり、格差社会となり、戦争と内乱、暴力とテロ、各種犯罪が繰り返される社会となった。資本主義の危機は、あがきとして、民族主義を生み出す。今度の総選挙で憲法改定勢力4分の3の達成はその表れである。しかし民族主義に未来はない。その先にあるものは真の自由と民主主義、平和と安全の世界であり、それは協力と共同、連帯の近代コミュニティ社会である。これが科学的必然の世界である。

 

10月総選挙、つまり「勝者なき民意」という日本の新しい混乱と混迷の時代は、現代世界の歴史時代の反映である。歴史はそれでも前へ、前へと進む。

歴史は新しいリーダーを必ず出現させる。歴史がリーダー

を生み出していく。だれが歴史の要求に応えるのか。これが問われている。野党の苦悶も、現在のすべての苦悶も、突き詰めれば、すべてここにある。

 

歴史は近代コミュニティを求めている。それに本当に応えるのはマルクス主義以外にあり得ない。われわれはその核であり、歴史の要求に応えていくであろう。そのためにこそわれわれは202110月総選挙から学ばねばならない。

 

 

 

「野党共闘」や統一候補の一本化は、なぜ限界があったのか。すべての原因は議会主義にあった。惨敗の中に法則が作用している。総選挙はこの事実をはっきりと教えている。

 

 

 

2021年10月総選挙は、市民団体を介して、野党5党(立憲、共産、国民、社民、れいわ)の野党統一候補の実現、特に立憲と共産の「限定的閣外協力」にもとづく「野党共闘」が成功するのか、大きな焦点であった。自民党も相当恐れていた。だから「立憲共産党」だとか、立憲が政権を取れば「共産主義が入ってくる」などと言って批判を強めた。危機感の裏返しであった。

 

共産党は「野党共闘」を重視し、多くの選挙区で、野党間の候補者一本化を図り、公示直前にも選挙区で22人もの独自候補を取り下げた。結果、全289選挙区のうち217選挙区で一本化を実現し、それは何と選挙区75%に該当するものである。志位委員長は「党史99年の中で画期的」とまで表現した。立憲の福山幹事長は「敗北するとは夢にも思はなかった」と発言したほどである。確かに数の上、机上の計算ではその通りであった。

 

それでも「野党共闘」は敗北した。なぜか。「存在が意識を決定する」との哲学原理があるが、野党の数だけ、その背後には違った経済団体、階級的な層が存在する。みなそれに応じて政党を作っている。利害の対立である。だから「野党共闘」は事実上、困難なのである。今度の選挙で特に大きな問題は「共産党の票は欲しいが、表立った応援は遠慮してほしい」という声が最初から強かった。なかでも労働組合・連合との関係である。次の事実のなかによく現れている。

 

 111日付の朝日新聞は、その一端を伝えている。

 

《…「市民連合」をかすがいにした野党共闘は、立憲の支持団体でもう一つの「リアルパワー」とされる連合との「ガラス細工」で成り立っているという課題も浮き彫りにした。

 

 23日夜、東京・新宿で野党共闘を呼びかける若者たちが主催したイベント。「党派を超えて今の政治をまっとうに」と訴えた枝野氏は、演説が終わると志位氏を残して会場から走り去った。

 

 先に演説を終えた志位氏ら登壇者との写真撮影が予定されていたが、枝野氏が志位氏とともに並ぶことを避けた形だ。前日の参院静岡補選では、連合の芳野友子会長と国民民主党の玉木雄一郎代表と3人で並ぶ姿をアピールしただけに、対照的な対応だった。…

 

 そうした中、連合の民間産別の支援を受け、市民連合の政策合意に加わらなかった国民民主は堅調だった。

 

 茨城5区で、共産との一本化に応じなかった国民民主の前職が当選確実を決めると、玉木氏は「よっしゃー!」とガッツポーズ。

 

 「自公でも立共でもない、まともな受け皿と言われた。この路線に間違いはないのかな、と思う」などと記者団に語った。

 

 選挙戦では、自民と立憲の一騎打ちになった神奈川5区で、国民民主の支持者が自民党候補の応援に回る動きがあった。今後、立憲、共産から離れ、独自色を強める可能性がある》と。

 

 これがの実際であった。机上で考えれば「野党共闘」は可能のように思うが、現代の社会で実際には不可能なことである。だから議会で考える「野党共闘」は今も昔も成功していない。階級闘争は非情であり、机上の論理を許さないのである。われわれはこの哲学原理と階級闘争とは何か、をよく知らねばならない。

 

 

 

コミュニティをめざす戦いもまた権力(旧勢力)の争奪戦である。「野党共闘」などの不安定なものでなく、理論に基づく厳格なものでない限り絶対に勝利しない。

 

 

 第一は、あらゆる問題の根本は国家と権力の問題である。すべての問題は結局は国家と権力の問題に行き当たる。日本では政官財の癒着構造を通じた権力支配である。これをジャーナリズムは「官僚支配」と言っているが、事の本質は政官財が癒着し、権力が腐敗堕落した結果の産物である。10月総選挙で数の上では勝ったものの、多くの否定面を露呈させたのは資本主義の危機と共に、自民党の求心力もまた喪失した結果である。自民党の崩壊も必然である。

 現代資本主義は歴史的に危機にあり、根本的転換期にある。人類社会は永遠に存在し続けるために、原始社会から奴隷制へ、そして封建制社会から奴隷制へ、そして封建制から資本主義へ、こうして次の時代たるコミュニティ共同体へと変わらなければならない時代に到達している。



 岸田首相は「新しい資本主義の構築」などと言っているが、空想である。歴史は変化を求めて前進する。

 

第二は、すべては階級対立と階級闘争であり、あらゆる出来事やあらゆる現象はその反映である。それは生活問題、経済問題など一見個人的な問題に見えたとしても、すべての問題の根底には国家と権力の性質や本質が映し出されている。「個人責任論」なるものは国家と権力の言い分である。「安倍政権―菅政権―岸田政権」へと続く、「自助・共助・公助」なるものはブルジョア思想である。コミュニティ思想とは縁もゆかりもない。

 

第三は、革命は計算づくで起こるものではない。革命は歴史的情勢と条件と力関係が決定する。われわれの心構えは、遠い、いや近いかも知れないその時代(必然と偶然の結節点)に備えた勇気と決断であり、その準備でなければならない。これが歴史の転換を導く灯台、羅針盤たるわれわれ先進分子の心得である。

日本共産党(宮本修正主義)の志位委員長が打ち出した「野党連合政府論」は、70年代民主連合政府論の焼き直しである。10月総選挙はその実験場であった。それが必然的に失敗したのである。公示直前に開いた共産党支持者との対話集会で、志位委員長は出席者から「選挙に勝ちたい、自民党を倒したい、目前の利益だけで、信念や理念がないがしらにされている」(1023日付朝日新聞)と厳しく追及されたのである。つまり、共産党とは何か、が問われたのである。志位氏は2000年に委員長に就任して21年、そろそろ結果を出したいのである。この焦り、この議会主義的堕落が厳しく批判されたのである。彼らは未だに共産党を名乗っているが、その本質はマルクス主義を放棄した修正主義であり、左翼議会主義である。

歴史はマルクス主義的前衛党を求めて前進している。われわれはマルクス主義復興運動の核であり、旗手である。

202110月総選挙はこの新しい歴史時代がいよいよ明らかになって来たのである。

 

選挙か! 評議会か! 歴史は必ず迫ってくる。それに備えて、われわれは、ロシアにおけるソビエト(評議会)の出現、成長と発展、その転化についてよく知らねばならない。

 

評議会とは何か。その意義について、改めて、確認しておきたい。真の民主主義は、選挙や投票につきものの個人主義や自由主義ではない。個人的感情や、風の吹くままの自由主義は、自覚された本当の民主主義ではない。人民大衆は運動と闘いの中で、自覚し、目覚め、認識し、連帯し、共同して、共通の意思を確認して、各界・各層・各戦線毎に統一し、結集して評議会に合同していく。ここにトップダウンとボトムアップを統一させた、人民の意思決定機関、人民の創造性発揮の機関としての評議会の意義がある。

 われわれは理論(選挙の愚民性)と実践(歴史上の経験)の両面から、評議会の正しさや意義についてよく知っておかねばならない。

また、10月総選挙の投票率は「5593%」で、前回2017年(5368)を上回ったが、戦後3番目の低さであった。最近の投票率は低い。例えば、50%の投票率としてその中の70%を獲得して、第一党になって権力を掌握したとしても、全有権者(全国民)の35%しか代表していないのである。ここに選挙というものの愚民性がある。選挙制は絶対に真の民主主義ではない。これだけを見ても人民大衆の意思を結集する機関は理論的にも実践的にも評議会以外にないのである。評議会は三権(立法、司法、行政)を掌握し、各委員会が分掌して執行するのである。

こうしてみたとき真の民主主義や、政権獲得の手法は評議会(ソビエト)以外にはないことがよくわかる。実際にロシア革命はそれをやってのけたのである。その事実から学ぼう。1905年に発生したロシアにおける第一革命は、1917年に勝利したロシアにおける社会主義革命の予行演習であった。1月16日、ペテルブルグのプチロフ工場にぼう。1905年に発生したロシアにおける第一革命は、1917年に勝利したロシアにおける社会主義革命の予行演習であった。1月16日、ペテルブルグのプチロフ工場に

 

ぼう。1905年に発生したロシアにおける第一革命は、1917年に勝利したロシアにおける社会主義革命の予行演習であった。1月16日、ペテルブルグのプチロフ工場におけるストライキと122日の「血の日曜日」から開始され、627日の戦艦ポチョムキンの反乱から、1223日から30日にかけての武装労働者の蜂起と政府軍との市街戦、政府軍による鎮圧、というこの革命戦争の中でソビエトは生まれた。

 

1026日、ペテルブルグのプチロフ工場に最初の労働者代表ソビエトが結成され、それはモスクワ、バクーなどロシアの主要都市に拡大された。工場毎のソビエトは地域ソビエトへ、産業別ソビエトへと進んだ。労働組合、非組合員、政党、政派、宗教に関係なく、そこで働き、そこで生活しているすべての人びとの共通の意志によって決議され、承認された、真に大衆を代表する機関としてのソビエトであった。このモデルは軍隊にも波及し、「兵士代表ソビエト」が軍内に、そして農民の間には「農民ソビエト」が生まれた。こうしてレーニンとボリシェビキの指導のもとに、全ロシアに、地域ソビエトから、全国ソビエトへと広がった。これを拠点に、1917年10月の社会主義革命では「全権力をソビエトへ!」という統一スローガンにもとづくロシア社会主義革命へと成長転化したのである。

 

事実が証明したとおり、「評議会」とは、人民大衆による「直接民主主義」の形態である。そこで働く、そこで生活する人民大衆が生産点と生活点で、共通の意志と、共同の認識を集団の意志と政策として集約し、これを機関としての「評議会」で確認し、権力の意志として執行していく。これである。

 

レーニンはロシアにおける第一革命から学んで、10月革命の直前の1917年8月19日に『国家と革命』という論文を発表したが、その中ではっきりとつぎのように書いている。「20世紀初頭の帝国主義段階におけるプロレタリア革命はパリの労働者が生み出したコミューン型でなければならない。そのロシアにおける具体化がソビエトである」と。

 

真の民主主義とは、自覚された人民大衆の共同の意志、共通の認識、協同行動にもとづく政策の確立と確認、である。人民大衆は、生産点、生活点、つまり労働と生活の中で、互いに協力し、共同し、共通の要求にもとづく運動と闘いの中で、連帯し、交流し、自らのコミュニティを作り上げていく。ここに真の民主主義がある。その集大成されたものこそ「評議会」である。

 

評議会(ソビエト)の決定こそ人民大衆の創意、強固な意思であり、これが大衆の思想となり、この思想と意識のもとでのみ大衆は生死をかけて戦うのである。

 

 

 

結 語

 

 

 

 人類の歴史は原始時代―奴隷制時代―封建制時代―資本主義時代へ、そして現代独占資本と帝国主義の時代に登りつめた。資本主義の頂点に達した現代、らん熟し、腐敗し、堕落してしまった現代、その権力はもはや統治能力を失ってしまった。もはや老いてしまったのである。

 

 歴史の到達点はコミュニティである。人類が最初に作り出した原始共同体社会は、より発展し、前進し、より高度になって元に帰っていく。階級なき共同体、自覚し、認識し、確認しあった共通の意志にもとづく直接的な民主主義としての評議会を通じて、生産も、分配も、統治も、すべては共同体の中で執行される。人類最初の社会はそうであったのだ。これはすべてわが『人民戦線綱領!』が示しているとおりである。

 コミュニティ社会では階級支配は基本的には消滅する。共同体社会であるかぎり、そこには人民大衆、ただ一つの階級社会である。人民の人民による人民のための社会である。故にこのような社会(存在)が、のような存在(環境)がそれにふさわしい人間を作り出していく。環境が人間を作り出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。こうして人類の前史は終わり、人類社会は新たな闘いに向かって前進する。それは全宇宙との闘い、宇宙の開拓と開発の闘いである。