2021年9月25日 №505

2021年9月25日 №505

近づく解散・総選挙に当たり、2017年10月衆院総選挙の総括を思い出そう

運動と闘いにおいて根本的なものは、核であり、リーダーであり、政治思想問題である。歴史がリーダーを生み出し、リーダーが歴史に応える!

 

人民大衆の最大の関心事は新型コロナウイルスの早期解決にある。菅首相と自民党政権はその能力を失った。政権を目指し、野党は一致結束し、歴史の要請に応えよ。かつて野党は60年安保闘争でその責任を果した。歴史は繰り返す。その戦略戦術論について!

 

 

日本では真夏の7月、8月、9月、東京五輪、パラリンピックも終わり、自民党総裁選から解散・総選挙へ、政局は一気に秋の選挙戦に突入している。

 東京五輪を一言で表現すれば、直後の世論調査の結果が示す通り、「選手への共感、強い称賛であり、菅政権への厳しい批判の声」であった。つまり健闘した選手は称えるが、菅政権は許さない、というわけである。ここに現段階における歴史の評価があり、人民大衆の偉大な創意がある。国民は絶妙な審判を下したのである。

菅首相は「コロナ禍で五輪は成功し、世界に責任が果せた」と発言。IOCのバッハ会長は8日の総会で、「大会でウイルスが日本に広まることはなかった」と強弁、東京五輪の開催を誇った。菅首相もバッハ会長も全く、目先のこと、自分の都合のことしか考えていない。非科学的な見解である。すべては客観的事実が物語っている。東京五輪を境にして東京では感染爆発が起こり、「第5波」(事実上の医療崩壊)が現実となった。そして緊急事態宣言も延長され、東京から首都圏へ、そして地方の主な都市や地域へ、と拡大された。8月5日には、東京で1日の感染者が5000人を越え、全国でも13日には2万人を突破する事態となった。12日には東京のモニタリング会議では専門家はもはや「制御不能」との警鐘を鳴らす。20日には感染爆発(ステージ4)40都道府県に拡大した。それでも菅首相やバッハ会長は東京五輪とは無関係をあくまで装うのであろうか。すべては関連した一つのものであり、この世に孤立した「無関係」などはあり得ない。すべての出来事は歴史時代の産物ある。8月11日付の日本経済新聞は大見出しで〈選手守る「バブル」綻び〉と書いた。先進的医療科学者、東京都医師会の尾崎治夫会長は「感染減らす対策、国はとってない」と断言(8月14日付東京新聞)し、五輪無関係論を厳しく批判したのである。ここに俯瞰的で哲学科学思想がある。

菅政権の混迷は続く。五輪の終盤から閉会直後(7日~8日)に、報道各社が実施した世論調査でみな一致していたのは、菅政権の内閣支持率が28%から35%で、昨年9月の内閣発足以降最低であったこと。不支持率も各社とも過去最高であった。そして8月10日付の読売新聞は大見出しで、次のように書いた。「五輪で政権浮揚・不発」「首相の解散戦略に暗雲」「コロナ拡大に苦慮」「自民支持層も〝菅離れ〟」とズバリ表現。各社も共通した評価であった。8月22日の横浜市長選挙の敗北や、9月12日までの緊急事態宣言の拡大や延長は全国を覆い、菅政権の無力さをいよいよ決定的にした。

 一方、野党はどうか。選挙を前にして、菅政権の支持率が下がっても、野党各党への評価は依然として10%前後から一けた台である。混迷の原因はバラバラ感と議会主義にある。それは大敗北した、ちょうど4年前、2017年10月解散・総選挙の現状(結果)と全く同じである。

 当時、「森友・加計問題」が表面化し、安倍政権は追い詰められ、断崖絶壁に立っていた。それでも安倍政権は自公で過半数という当初目標を大きく上回る議席(勝利)を得たのである。野党は逆に分裂、混乱、混迷であった。

 われわれは当時、2017年1125日付機関紙『人民戦線の旗のもとに!』で、総括し、「運動と闘いにおいて根本的なものは核であり、リーダーであり、中心部であり、政治思想問題である」と多くの人々に訴えたのである。そして歴史に学び、とりわけ「岸内閣を崩壊させた60年安保闘争」に学ぶようアピールした。解散・総選挙を控えた現在も4年前の教訓がよみがえる。

▼核とは何か、リーダーの任務とは何か。歴史が野党に求めるものは何か。それは核たるリーダーの決断であり、その戦略、戦術論である。

 

 

(一)人民と国民の最大の関心事は新型コロナウイルスの早期解決である。菅首相と自民党政権に能力はない。野党に政権を渡せ! この決断が求心力となっていく。

(二)野党と良識あるすべての人々は思想信条をのりこえ、手を結べ。最近の成功例に徹し、結束をアピールする。野党は事実と大衆の声に謙虚たれ。

(三)大衆団体、組織、グループに強く訴え、行動を組織する。でき得るところから出発する。大衆の要求を組織する。そして街頭に出撃せよ。一点突破外線包囲である。実際の運動に思想問題を持ち込むな。

(四)議論を活発にせよ。率直な議論抜きに結束はない。民主主義的多数決に従え。トップダウンとボトムアップの統一。

(五)核やリーダーは確信を持って行動する。思想は必ず物質的力となる。この信念、内因論に徹せよ。野党は共同の選挙闘争本部を設置せよ。

この戦略・戦術論の徹底の度合いが、菅政権と自民党の内部対立と崩壊を促す。こうして野党の展望は開ける。

 

エンゲルスが名著『自然弁証法』(1875―1876年)の中で説いた原理に確信を持て。ビッグバン宇宙を生み出したものも核の運動法則であった。核、リーダーの思想原理。

 

 「(ダーウィンの進化論によって)無機的自然と有機的自然とをわかつ溝は最小限にまで縮小され、生物の進化論にそれまで対立していたもっとも本質的な難点の一つが取り除かれた。新しい自然観はその根本的な点において完成した。いっさいの硬化したものは解消され、いっさいの固定したものは消滅し、永久的なものとされていたいっさいの特殊なものは一時的なものとなり、全自然は永遠の流転と循環とのなかで運動することが証明されたからである。

 こうしてわれわれは再び、全自然は、最小のものから最大のものに至るまで、砂粒から太陽に至るまで、原生生物から人類に至るまで、すべて永遠の生成と消滅、たえまない流転、やすみなき運動と変化の中に存在するという、かのギリシャ哲学の偉大な創始者たちの見方に立ち戻ったわけである」と。

          ☆

ビッグバン(大爆発)の当初は高度な熱世界であり、多数の粒子が飛び交う世界であった。そのうちに陽子と中性子というまったく異質の二つの粒子が結合したまま離れなくなり、こうして原子核が形成。そのまわりに電子(粒子)が結合、こうして物質としての原子が形成。原子が色々な粒子と結びついて元素となり、現代世界(物質世界)が形成された。太陽は中心に水素核があり、地球には核としてのコア(鉄とニッケル)があり、60兆個の人間細胞にもみな細胞核があり、核なしの物質はあり得ない。

 天体活動にもすべて核が存在し、社会科学では中心部(核)が生まれ、その核が運動を支配していく。核抜きの運動はあり得ない。「自然は弁証法の検証である」( エンゲルス「反デューリング論」1878年)。

 

60年安保闘争とは何だったのか。それは人民大衆、人民団体、各界各層の団体が参加した人民闘争、人民戦線の高まりが岸内閣を崩壊させたのである。客観的事実について。

 

1959年から1960年にかけて闘われた60年安保闘争は巨大な政治闘争であった。当時岸信介首相(前首相安倍晋三氏の祖父)が実現しようとした「日米安全保障条約」(1951年9月8日、日米平和条約と合わせて成立した初期のもの)を改訂しようとしたが、これに反対する闘いである。

 ① 反対運動の中心(核)には日本共産党と日本社会党、そしてこの二つの党の指導下にあった労働組合総評議会、原水爆禁止全国協議会、などがすわった。当時はまだ戦後のあの闘いの余韻があった。

 ②「岸内閣が主張したのは「日米平等の立場をはっきりさせるためのもの」というのは言い訳であった。再び日本軍国主義の復活をめざす反動的なものであり、危険そのものであった。ここに問題の政治性・思想性の本質があった。

 ③ 岸信介はその経歴が示す通り(太平洋戦争を開始した東条英機内閣の閣僚であったし、戦争責任者でもあった)ということでもわかるとおり、それは確固とした右翼民族主義者であり、昔の日本、軍国主義をめざすのは当然であった。

 ④「60年安保闘争」の本質は、基本的には岸信介に代表される日本の右翼民族主義復活をめざすものとの闘いであった。このこと、問題の政治的、思想的本質を認識した日本人民の権力闘争であった。 

 



⑤ その結果として日本の大衆運動は昇華していった。たとえば、この運動に参加した各種大衆団体は「60年安保闘争共闘会議」という全国的規模の統一組織(統一戦線)をつくりあげ、権力闘争という意識のもと、国会へのデモ、国会包囲闘争、首相官邸に向けたアピールの嵐、などの行動を展開した。

 そして何よりも注目すべきことは、これらの大衆団体は自発的、自主的に地方的・全国的に共同体を作り上げ、地域的、全国的に共同、協力、統一体としての行動を連続して展開した。

 1959年4月15日に実施した第一次全国統一行動には17万人が参加、1960年6月15日の国会包囲デモにあわせて全国的に580万人が参加、軍国主義の復活に反対する思想と政治性の高さを証明した。

 そこから国会警備の警官隊とデモ隊の衝突が発生、その中で東大学生の樺美智子さんが死亡した。新安保条約は通過したが、あまりにも激しい反政府運動で、ついに岸内閣は6月23日総辞職。12月8日、池田勇人内閣が成立。

 

 こうして反政府・岸内閣打倒の大衆行動という実力の前に政権は崩壊したのである。アメリカは黙視した。以上が一連の事実である。

 

内外の歴史上の出来事や教訓、そして60年安保闘争から学ぼう。核やリーダーは歴史と運動が作り上げていく。ここに目的意識性があり、必然性と偶然性がある。

 

野党共闘はセクト主義や議会主義が存在する限り不可能である。60年安保闘争は運動体の連帯の輪があった。だから成功した。歴史が証明している。国際的にはドイツにおける1933年のヒトラーを生み出したワイマールの混迷、1958年のフランスにおけるドゴール独裁を出現させたフリムラン内閣の裏切りは歴史の証言である。数合わせや、議会主義的クレチン病がすべての原因であった。

 破壊せよ、されば建設されん、である。中核幹部とリーダーは歴史上の出来事をよく学び、階級闘争の原理原則をはなしてはならない。

日本にはもう一つ、重大な政治事件があった。それは1993年、自民党政権を崩壊させ、権力から転落させた、あの大政治事件である。当時、日本の国民大衆は自民党の長期政権に飽き飽きしていた。こうした状況下、与野党の垣根を超える大改革、8党派が結集し、自民党を倒したのである。この中心に立ったのがかつて自民党の大幹事長であった小沢一郎氏である。誰も想像のつかない展開であった。歴史が小沢一郎を求め、彼はそれに答えて、大改革を実現したのである。ここに歴史とリーダーに関する哲学原理がある。

 忘れてはならないのが、日本の経験も、フランスの経験にも共通した本質と教訓がある。それは共産党を名乗る政党がみな議会主義に陥り、大衆運動と政治闘争を放棄し、選挙の票をめぐってしのぎを削る。分裂である。当時のフリムラン内閣は共産党の票を支持票とみなさずドゴール独裁への道を開いたが、それと同じように日本でも今の「共産党」の票も支持票とみなされてない。同じことが同じよ

 

 

 

うに時代を越えて起こっている。歴史は繰り返す。60年安保闘争では、「安保改定阻止国民会議」が結成された。学者、文化人による「安保批判の会」が、そして母親の会、青年学生共闘会議、演劇人の会などが生まれた。岸内閣は人民に包囲され何もできず、ついに総辞職に追い込まれたのである。運動の高まりは「共産党の票は支持票と見なさい」などの不当な主張は通らないのである。「共産党」の議会主義は運動と闘いが否定する。

 こうして歴史が核とリーダーを生み出す。そして核は歴史に応えていく。

(一)運動と闘いの中では必ずその中心となるべき、核、中心部、前衛集団は生まれてくるものである。それは歴史の必然である。

(二)核、中心部、前衛というものは、歴史が生み出すものであるが、それは運動の中で偶然性が作用する。その偶然は運動と闘いの量的なもの、質的なもの、あるいは地政学的要素など、総合的な産物として生まれる。

(三)偶然は必然である。それを必然性に転化するのは自然発生的ではなく、核、中心部、前衛の目的・意識性であり、その能動性であり、これもまた歴史の必然性である。

 

歴史は真の日本共産党、マルクス主義的前衛政党の出現が待望されている。ここに歴史の必然性がある。われわれ行動派共産党はその核である。

 

結び

指導的幹部、リーダーは「思想が物質的な力に転化

する」との信念で闘いぬこう。

 

精神と心、思想と意識、理念と理論が人間をとらえたとき、それは物質的な力となって、運動と物質を支配していく。

 

 

マルクスが『へーゲル法哲学批判・序論』 (1844年)のなかで「理論もそれが大衆をとらえるや否や物質的な力となる」といったこの言葉の意味をよく理解しなければならない。つまり、理論上の原則、哲学科学思想、政治上の理念は、運動する物質と現実の反映であり、その意識化されたものであり、最高の英知であり、絶対的真理である。故に、この真理によって大自然と世界は正しく認識できるし、支配することができる。そしてまだ知り得ないことも科学と実践によって必ず知ることが可能である。この点で観念論の「神のみぞ知る」という不可知論とは決定的に異なる。したがって思想・意識こそが人間のエネルギーであり、思想・意識によって現実と存在は支配されていく。つまり核、リーダーの高い思想は物質的な力になるのである。保闘争では、「安保改定阻止国民会議」が結成された。学者、文化人による「安保批判の会」が、そして母親の会、青年学生共闘会議、演劇人の会などが生まれた。岸内閣は人民に包囲され何もできず、ついに総辞職に追い込まれたのである。運動の高まりは「共産党の票は支持票と見なさい」などの不当な主張は通らないのである。「共産党」の議会主義は運動と闘いが否定する。

 こうして歴史が核とリーダーを生み出す。そして核は歴史に応えていく。