2020年9月25日 №493

2020年9月25日 №493

〈2020年8月は如何なる夏となった のか〉

 

安倍晋三首相は「戦後75年談話」が発表できなかった。ここに民族主義の運命があり、安倍右翼民族主義政権の敗北があった。歴史は新しい時代を目指し、前へ前へとすすむ!

 

『変わらないために変わり続ける』(自然科学者・福岡伸一著、文藝春秋社刊)という自然科学の運動法則は人類世界にも貫徹されていることを知らねばならない。万物は一貫して変わりつつ、永遠なのである!

 

 2020年は戦後75年である。区切りの年、日本では総理大臣が談話を発表するのが恒例になっている。今年は安倍首相の「戦後75年談話」はなかった。これはいったいどういうことか。

 5年前の「戦後70年談話」は安倍首相の名で発表されたが、何と1995年の「村山談話」を全面的に踏襲するものであった。それだけに、当時大騒ぎとなった。その核心は、①日本の戦争は侵略戦争であった。②同時にそれは植民地支配でもあった。③これについて日本は痛切に反省する。④私は戦争によって被害を受けた各方面に心からのお詫びを申し上げる、というものである。安倍首相は、この「村山談話」を引き継ぎ、談話として内外に発表したのである。結論は明白であった。安倍右翼民族主義の完全な敗北であり、日本の右翼民族主義勢力の歴史的な敗北宣言となったのである。

 ところが安倍政権は一方では2015年9月、憲法解釈を変え、集団的自衛権の行使を認めた『安全保障関連法』を成立させたのである。右翼民族主義丸出しであった。それは憲法を自由に解釈できるという独裁権力の確立でもあった。かつてヒトラーが全権委任法の可決からファシズムへと進んだ同じ道である。安倍政権のこの道はヒトラーがそうであったように右翼民族主義は歴史の発展法則に反しており、絶対に勝利しないものである。ここに歴史科学の法則がある。事実、「安倍一強」などといわれたが、野党はバラバラで、いわば敵失に助けられたもので、それは形だけで、実際にはもろいものであった。ファシズム的右翼民族主義は本来脆弱であり、「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」「五輪延期問題」等、そして新型コロナウイルスの蔓延はとどめであった。安倍政権は急激に求心力を失い、破綻していったのである。

 8月15日、こうして終戦記念日を迎えたが、とうとう戦後75年、恒例の「安倍談話」は発表されずであった。政府主催の全国戦没者追悼式典の「式辞」で、「積極的平和主義」なるものが盛りこまれただけであった。戦争をめざすヒトラーの道、ファシズムへの道、その「右翼民族主義」は歴史の壁に直面し、「村山談話」を踏襲した5年前の「70年安倍談話」に続き、またもや敗北したのである。  8月16日付の「朝日新聞」は、ある省庁の幹部の発言として「21年9月の自民党総裁の任期満了まで約1年で、政治信条を表現したかったのではないか」と伝えたが、全く消極的なものであった。

 

 

安倍右翼民族主義は、事実上、敗北したといってよい。民族主義に未来はないのである。 

 すべては必然と偶然の産物である。新型コロナウイルスの襲来は偶然であったが、右翼民族主義の敗北は必然であった。安倍政権の新型コロナへの無策ぶりは決定的であった。世論調査の支持率20%台から30%台という結果はその表れであった。安倍政権の右翼民族主義は歴史によって完全に見放されたのである。これがこの夏の結論であった。

 現代の歴史時代 それは世界は無重力の時代であり、漂流する時代であり、大衆の怒りがいたるところに爆発している時代である。その根底にあるのは資本主義というこの政治・経済・社会制度が生み出す必然の産物としての抑圧と生活苦、失業と貧困、格差社会の拡大と前途への不安、である。

 資本主義の崩壊、共同体からコミュニティ社会へ、そして社会主義は歴史発展の法則である。ここに歴史科学の偉大さがある。

 

安倍首相は右翼民族主義者である。それは岸信介から安倍晋三へと連なる右翼民族主義の思想である。その運命は日本軍国主義の敗北、ナチス・ドイツの道である、との歴史科学の予測通りとなったのである。

 

 安倍首相の右翼民族主義は、2015年米議会演説で何度もたたえた60年安保闘争時の日本の総理大臣であった祖父・岸信介の民族主義である。孫の安倍は祖父の岸と同じことを言ってきた。曰く「満州事変は侵略ではない。戦勝国の一方的な偏見だ」。曰く「大東亜戦争は米国の経済封鎖で資源不足になり、追い詰められた日本の自衛戦争であった」。曰く「大東亜戦争をもって日本の侵略戦争と言うは許すべからざることである」と。

 ここに安倍の唱える右翼民族主義の本質がある。つまり民族主義の本性は戦争であり、帝国主義は戦争を通じて敗北するのである。専守防衛を放棄し、集団的自衛権に転じた「安保法制」や、憲法改正論などは岸信介から一貫して流れる右翼民族主義の思想である。故に安倍政権の運命は、岸信介が敗北した日本軍国主義の運命であり、安倍政権の敗北は必然であった。

 その核心はなにか。

 第一に、歴代政権の憲法解釈を変える。憲法九条を破棄して、安倍政権が戦後初めて、自衛隊の海外での武力行使をやる、という。戦争をやる。戦争に踏み切った政権の敗北は当然である。

 第二に、憲法第九条の武力を使わない、ということを破棄して、戦争に参加する。これを憲法解釈を変えて内閣の手で、いとも簡単にやる、これは歴代内閣がやりたくても手が付けられなかったことである。こんなことを安倍内閣は平気でやってきた。憲法とは一体なんぞや。これは一種のファシズムである。ここに古い時代への回帰をめざす安倍内閣の右翼民族主義の本質があった。

 第三に、安倍政権が右翼民族主義の立場を鮮明にすればするほど、世論も、政界も、右翼もみんな分裂していく。これは日本だけでなく、世界共通である。歴史科学に反すれば、歴史の反映が、世論の形で表れてくるのだ。これを見ても、歴史がこのやり方を認めてはいない、ということである。歴史は前へ、前へと進むのに、それを逆戻りさせようとするから、歴史は怒るのである。だから世論が分かれる。安倍政権のこのようなやり方は絶対に成功しない。不支持率の増大や、支持率20%台、30%台への転落は必然であった。

 われわれが歴史科学の法則として断定したが、歴史はこの通りとなったのである。歴史科学は偉大である。

 



 

安倍右翼民族主義の破綻は新型コロナウイルスへの無策の中で決定的となった。必然性は偶然性を通じて実現するという哲学原理である。

 

 第一、新型コロナウイルスや感染症の根本原因は現代資本主義が乱開発によって自然環境や、熱帯雨林の破壊、自然と人間社会の調和を破壊した結果の産物である。温暖化や気候変動を見ればわかるとおりである。すべての責任は資本主義的国家と権力にある。

 生物学者の福岡伸一氏(青山学院大教授)が言う通り、「地球が健全な循環を取り戻すためには、利己的な種、つまりは[強欲資本主義]に退場していただく他はない」(2月20日付朝日新聞)のである。まさに強欲資本主義を生んだ現代資本主義からの大転換が求められている。歴史は経済と環境の調和、すなわち計画経済が求められている。

 第二、感染症と社会、目指すべきは共存である、という未来展望である。これについても多くの知識人が言っている。なかでも長崎大熱帯医学研究所の山本太郎氏は「感染症は狩猟採集時代には存在しなかった。それが人間社会に定着したのは農耕が本格的にはじまった以後である」(3月11日付朝日新聞)と。原始共同体社会は、より発展し、前進して、より高度になって元に帰っていく。高度に発展したその共同体、近代コミュニティ社会では原初と同じように人類と自然は調和し、階級社会の消滅と共にウイルスも消滅する。

 第三、人類は歴史科学に基づいて前へ前へと進む。4月8日付の朝日新聞に発表された社会学者・大澤真幸(まさち)氏はその一文の中で、「国民国家を越えた地球規模の社会、すなわち世界が求めているのは世界連邦政府の樹立である」と説いている。共同体は歴史の必然である。

 また、3月7日付読売新聞は、WHOシニアアドバイザーの進藤奈邦子氏の発言を伝えている。「21世紀の感染症の制御で大切なことは、コミュニティ(共同体)主導型であることだ。コミュニティーとは、地理的なものに限らず、職場など社会的なものも含んでいる。国民がどれだけ理解し、協力してくれるかが鍵になる。多くの人が納得して行動する。反発を招きやすいトップダウンとは違う大きな力がある。感染症に備えることは、社会をより豊かなものへと変える機会にもなる」と言っている。

 進藤氏は感染症の問題として発言しているが、すべての問題についてトップダウンとボトムアップの統一、それが人民による人民のための人民の共同体運動になったとき、全国評議会へ転化し、社会の大変革につながっていく。ここに人民戦線運動つまり共同体とコミュニティ運動の本質がある。

 

環境が人間をつくり出す。新しい時代と新しい社会と新しい環境が新しい型の人間を生み出す。われわれの未来展望とスローガン!

 

 われわれはすべてを哲学・歴史科学的世界観に徹するよう呼びかける。

 ① 人類とその社会は永遠の過去から永遠の未来に向かって運動し、発展し、爆発し、収れんされつつ前進していく。そのエネルギーは人間の生きる力であり、その物質的表現としての生産力である。

 ② 生産力の発展がその度合いに応じて生産関係としての人類社会(国家)を作り出していった。それは最初の原始共同体、次の奴隷制、封建制、資本主義制、そして社会主義へと一貫して生産力の発展が生産関係(国家)を変化させていった。これからもそうなる。

 ③ 物理学が証明しているとおり、すべての生物は環境が作り出していく。人類もまた環境の産物であり、進化していった。環境が人間を変えていく。新しい環境と新しい社会は新しい型の人間を作り出していく。

 ④ 人類の歴史を見ればわかるとおり、一つの支配権力、一つの国家形態が永遠であったことは一度もない。歴史は常に運動し、変化し、発展し、転換して次々と新しい

時代を作り出していった。そして歴史を見ればわかるとおり、変化は静かで一直線ではない。爆発と収れんは歴史法則である。歴史は必然を持って前を目指すが、その過程では常に偶然が伴う。偶然は必然のための産物であり、偶然は必然のための糧である。そして必然の世界とは人民の人民による人民のための世界であり、より高度に発展したコミュニティー社会である。歴史は到達すべきところに必ず到達する。

⑤ コミュニティーとは何か。人民による人民のための人民の世界とは何か。それは国家、社会、生産活動の運営目的を、最大限の利益と利潤追求のみに注ぐのではなく、すべてを人民の生活と文化水準と社会環境の安心・安全・安定のために注ぐ。

 ⑥ 生産第一主義、物質万能主義、拝金主義、弱肉強食の国家と社会ではなく、人間性の豊かさと人間の尊厳と人間としての連帯と共生の国家と社会にする。

 ⑦ 金と物がすべてではなく、人間の心と自然の豊かさが第一であり、姿や形だけの美しさではなく、働く人びとの生きる姿と心の美しさが第一であり、一人だけで急いで先に進むのではなく、遅くてもみんなが一緒に進む。

 ⑧ 人類とその社会は生まれたときから環境の産物であり、歴史的なものであった。環境が変われば人類とその社会も変わる。国家と権力が変われば人類社会は変わる。

 ⑨ そのための力こそ、すべてを人民のための・人民による・人民権力であり、その具体的表現たる人民評議会である。運動と闘いの中でいたるところに評議会を組織せよ。人民の要求、人民の意志としてここで主張する。そして権力として、歴史時代が求める自らの責任と任務を執行させる。

 ⑩ 人類が最初にはじめてつくった社会は、原始的ではあったが、そこにはまさに共同と共生と連帯の人間的社会があった。そしていくたの回り道をしたが、その間により大きくなってもとに帰る。つまりより高度に発達した近代的コミュニティー国家と社会へ。ここから本当の民主主義にもとづく人間社会、人民の社会が生まれる。こうして人類は総力をあげて大宇宙との闘い、新しい闘い、宇宙の開発と開拓の闘いに進軍するであろう。

 

 結 語

 

 福岡伸一氏(青山学院大学教授・生物学者)は自然科学の法則を説き続けている。それはビッグバンによって生まれたこの大宇宙は内在するエネルギーの運動によって永遠に動き続く。この運動こそが万物の母であり、あらゆる存在は運動の産物である。運動なくして存在はなく、存在とは運動である、と説く。

 その運動するあらゆるものは、互いに関連しつつ、結びつき対立し、一つになり、そして遠心力と求心力が働き、互いに連続し、絡み合いながら、すべて継続されていく。運動と連続、らせん的な継続、そして成長と交代、死滅と生成、すべては変わらないために変わり続ける、という。

 この宇宙は永遠に運動するため古い宇宙は死滅し、新しい宇宙が生まれる。すべての星は古いものは死滅し、新しい星が生まれる。植物も、動物も、人間も、古く老いたるものは死滅し、新しいものに変わる。永遠であるために変わらねばならない。福岡伸一教授はこの運動を「リスペクト」と呼ぶ。まさにリスペクト、何という気高くも尊厳的であることか。この大自然の法則がわかるか、わからないか、ここに、知性主義か、反知性主義かの分かれ道がある。

 

 すべての出来事は自然科学と社会科学の統一のもとに変化し、運動し、発展している。この法則に反するものは誰であれ、遅かれ、早かれ、必ず敗北する運命にある。歴史は到達すべきところに到達する。そのために常に変化し、発展する。資本主義は永遠ではありえない。世界には民族主義の嵐が起こっているが、みな失敗している。トランプ政権の「米国第一」や、日本の安倍右翼民族主義の敗北は代表例である。歴史は偉大である。この夏は偉大であった。